プロフィール

このブログの管理人のAkioです。

とにかく飽きっぽい私が続けられそうなことを探すためにブログを続けたいと思っています。

京都大学卒業後、一部上場企業に入社するも半年で退職。

教員免許取得を目指して、塾講師として生計を立てながら英語学習中の24歳です。

4年前に取得したTOEICスコアは860ですが、2021年中にTOEIC満点、英検1級取得を目指します。

大学時より個別・集団指導で英語や他の教科を教えています。

もともと実家が英語塾を営んでいたこともあって英語の勉強法や指導法に関心があります。

詳細な人生の略歴は以下に長ったらしく書いておきますので興味がある方はぜひ。

小学校

小学校入学前までは運動が大嫌いでした。

かけっこでも大体ビリでしたし、跳び箱は跳ぶものではなく座るものだと思っていました。

頭を使うのは得意で、大人用の知恵の輪を一瞬で解いたり、3桁の数の計算を瞬時に答えられました。

なぜか、その能力は小学校入学時にはなくなったしまい、周りには「幼稚園で文転した。」と言っています。

小学校入学後、兄についてソフトボールを始めた頃から人生が大きく変わりました。

1年生のときには7メートルだったソフトボール投げは2年生のときには21メートルまで投げられるようになりました。

そこからは水泳に陸上に、ソフトボールに運動漬けの日々を過ごしていました。

小学校4年頃にピッチャーをするようになってからなんとなくピッチャーっぽい性格になりました。

エースで4番でキャプテン。

運動が得意になる一方で慢性胃腸炎を患い、小学校5、6年生のときには常に気持ち悪かった記憶しかありません。

中学校

中学校に入学するともちろん野球部に入部。

小学校ではそれなりにやれていたので自信満々でしたが、県内一のトッププレイヤーがチームにいたことで「自分てたいしたことないんだ」と実感。

この頃に「自分が一番活躍できる場所」を見つけることの重要性に気づき始める。

平日は20時まで部活、休日は試合の後に外で遊び回る生活を3年間続けました。

県大会準優勝、東北ベスト8という強豪校の中で揉まれながら「勝つ」楽しさを覚える。

荒れ気味の公立中学校で様々な人種と共同生活したおかげで、変な人耐性がつく。

修学旅行で訪れた京都の町並みに感動し、京大に行くことを決意。

高校

高校は県内一の進学校に進学。

硬式球が怖くて、一瞬尻込みするが結局野球しか能がないため硬式野球部に入部。

それまで勉強しなくても1桁の順位が取れていたが、最初のテストで3桁の順位をとって焦る。

野球では鳴り物入りで入学したものの全く活躍できず、ベンチから外れる。

練習のきつさと同級生の中で野手として唯一ベンチに入れない絶望から退部を考える。

中々言い出せないうちに希望していたピッチャーにコンバートされてからは、部活が急に楽しくなる。

なんだかんだで自分たちの代になったときにエースピッチャーになる。

野手としてはイマイチだったが、ピッチャーとしてはチーム内で存在感を出すことができた経験から、再度「自分が一番活躍できる場所」の重要性と存在感を出せる場所に魅力を感じる人間だと自覚。

勉強の方は部活の多忙さの中ちまちま続けて、なんとか文系2位くらいまでになる。

部活と両立は無理だと言われ続けながら、引退後にそこそこ勉強して京大に現役合格。

大学時代

大学入学後はサークルでほそぼそと野球を続けながら、アルバイトに時間を捧げる。

個別指導塾のアルバイトでは立ち上げから関わり、講師長として中高生の指導にあたる。

3年になる春に就活したいと言ったらクビになったので友人の紹介で飲食店でアルバイト開始。

理由は塾で「自分は仕事がデキるやつ」と思いこんでいたので「一番やりたくない飲食店で活躍できたらどこでも活躍できる」という謎論理。

友人からは安めの定食屋と聞いていたが、実際は祇園の高級割烹でした。

料理好きだったのでキッチン希望だったが、割烹で腕を振るえるわけないのでホールに回される。

超気難しい料理長になぜか気に入られ、料理長の話し相手というなぞのポジションに収まる。

お客様に飲み物をぶちまける経験をしてから「ここでは活躍できない」と挫折して4ヶ月位で退職。

食いつなぐために単発で入った建設のアルバイト現場で掛け算が早いということで管理職に周りここでも「自分の活躍できる場所」の重要性を実感。

その後就活中に感じたITスキルの必要性から近所のITをベンチャーにアルバイトとして入社。

プログラミングとか勉強できたらいいな〜って思って入ったものの実際にはデータ入力のアルバイトでした。

データ入力してる時は全く目立つ存在ではなかったものの、昇格して新人教育係になった瞬間アルバイトが異常に楽しくなり、全力投球開始。

今思うと「出しゃばりすぎ!」ですが、勝手に研修会企画したり、自分の教えた人の成績などをまとめて社長にプレゼンしたりしてました。

ただただ楽しくてやっていたことが評価されて気づいたら700人のアルバイトから史上初のインターンに抜擢。

現場を離れて管理職になったものの現場で教育してた方が楽しかったなあと思いつつ、貴重な体験をさせてもらいました。

就活では全くやる気が出ず、インターンでたまたま通った就活人気ランキングトップの高給取り企業に内定。

ただ全く興味がわかず、内定式、健康診断、内定者イベントすべて辞退していたら人事からお叱りを受ける。

ITへの未練がありつつ卒業が決まる。

新卒入社➔6ヶ月で退職

案の定気が合う人がいない上、超体育会気質の会社にうんざりし、半年で退職。

周りから気が狂ったように思われるが、自分でもびっくりするくらい決断から一週間で退職願を提出。

お金が尽きて実家に帰省。

塾講師をやりながらIT業界への就活をしてみるが最終面接で落ちまくる。

離島でのんびり学習塾を起業しようかとしたら、猛反対を浴び考え直す。

ここで初めて自分とちゃんと向き合うため、温泉街に1人でこもり自己分析で夜を明かす。

ノートに書き出してみると、出てきた結論は「人にものを教えること」「自分が誰かの成長に大きな影響を与えられること」「自分が主導権を持てること」でした。

IT業界を志望していたものの、前職の成功体験がたまたまIT業界だっただけで職務内容として一番自分が輝いていたのは「教育」だったなあとここで思い出す。

そこから一念発起して「高校教員」を目指すことを決意。

自分と向き合ったことで「自分が活躍できること」を見つけること、そしてそのためには「何事もやってみないとわからない」ということを肌で感じました。

現在は塾講師をしながら、通信制の大学で教職の単位をとりつつ、さらなる可能性に向けていろいろなことにチャレンジしています。

その一環プラス備忘録としてこのブログをはじめました。

ですから、メインの英語学習の他にも人生体験なども載せていく雑記ブログになる予定です。

ここまで見ていただいている方はいないかもですが、読んでくださってありがとうございます!